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投資と回収

「時間を使うと、時間が増える」

─ 短い投資が、生活の密度を変える話

時間を節約しようとして、
かえって疲れてしまう日があります。

ほんの少し立ち止まっただけで、
その先が不思議と早く進む日もあります。


忙しいはずなのに、なぜか進んでいない。
何もしていないのに、妙に消耗している。

そんな感覚を覚える日が、誰にでもあるのではないでしょうか。

一方で、ほんの短い時間を使っただけなのに、
その後の流れが驚くほどよくなる日もあります。
今日は、その違和感について書いてみます。

短い時間が、午後を変えることがある

昼休みに15分だけ目を閉じる。
いわゆるパワーナップです。

しっかり眠ったという感覚はありません。
ただ、午後のはじまりで、
頭の中のザワつきが一段落していることに気づきます。

午前中の疲れを「回復した」というより、
思考のチャンネルが切り替わったような感覚に近い。
その結果、残りの時間の密度が変わります。

歩くことで、時間が失われない理由

散歩や移動の時間は、
一見すると「何も生み出していない時間」に見えます。

けれど、戻ってきたとき、
判断が早くなっていたり、
迷いが減っていたりすることがあります。

歩いている間に、考えが整理されたのか。
それとも、身体が先に整ったのか。
理由ははっきりしません。

ただ確かなのは、
「時間を使ったのに、遅れていない」という感覚です。

歯磨きや風呂の時間が、境目になる

歯を磨く。風呂に入る。
どちらも日常的で、特別な行為ではありません。

それでも、意識を向けてみると、
そこが一つの「区切り」になっていることがあります。

口の中を整える。身体を温める。
その数分が、次の行動への入り口になる。

何かを達成したわけではないのに、
気持ちや集中が、自然と次に向かっている。
そんな経験です。

時間は「減る」ものではなく、「密度が変わる」もの

これらに共通しているのは、
その場で成果が見えないという点です。

昼寝をしても、アウトプットは増えていません。
歩いても、タスクは減っていません。
風呂に入っても、仕事は進んでいません。

それでも、その後の時間の質が変わる。
だから結果として、
「時間が増えた」ように感じるのだと思います。

逆に言えば、
どれだけ時間を節約しても、
密度が下がっていれば、
私たちは「忙しいまま」なのかもしれません。

投資と回収は、後からやってくる

これは、APLFでいう「投資と回収」の話でもあります。

投資した瞬間に回収できるものは、
そもそも投資と呼ばないのかもしれません。

少し休む。少し整える。
その時間は、あとになってから効いてきます。

午後の判断の速さとして。
夜の余裕として。
あるいは、無駄な消耗が減った感覚として。

何もしない時間は、無駄なのか

私たちはつい、
「使われていない時間」を無駄だと感じがちです。

けれど、何もしていないように見える時間が、
実は全体を支えていることもあります。

動くために止まる。
進むために整える。
その逆説を、身体はよく知っています。


時間は、
貯めるものではなく、
巡らせるものなのかもしれません。

立ち止まった場所から、
次の一歩は、
意外と遠くまで届きます。

いま、あなたが
ほんの少し使ってみたい時間は、
どこにあるでしょうか。

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Shingo Takenaka

Shingo Takenaka

しなやかな律を探る実践者|APLF主宰

北海道・苫小牧市に生まれ育つ。東京大学大学院を修了後、外資系テック企業で働きながら起業。 現在は、人・もの・自然をつなぐ活動を軸に、自己の律と他者との共生を探求しています。 APLFでは「自分らしく、しなやかに生きる」ための実践知を静かに発信し、日々の整えから人生の投資と回収まで、思考と行動を重ねながら日常の美しさを見つけ続けています。

  1. 0の側に触れた夜— 向きが変わっていたことについての記録

  2. 静かな呼吸としてのAPLF─ 強い言葉を使わない、という選択について

  3. 世界と距離を取るという、生き方 ─ ここにいながら、巻き込まれすぎない

このメディアをつくっている人

Shingo Takenaka

APLF主宰

しなやかに、自分の律で生きる
人と自然、もののめぐりを見つめながら
東大院|外資テック|起業10年

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去年の旭山で。

何をしているのかは、よく分からない。
でも、ずっと見ていられた。
.
七夕から、大晦日まで。

振り返ってみると、
できたことよりも、
形にならなかったものの方が
たしかに残っている気がします。

言葉にならなかった感覚、
途中で立ち止まった問い、
まだ名前のついていない違和感。

それらを急いで回収せず、
このまま年を越してみようと思います。

Photo by ruedi häberli on Unsplash
.
光のゆらぎだけが、
静かに景色を整えていた。

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