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驚き

遊びの報告書 #03|ふらふらして、回収されていく

期限があると、さっと決めればいい話に見えることがあります。

けれど私の場合は、ふらふらしながら、ようやく収まるところに収まりました。
そうでなければ出会えない場所に、着地した感じがあります。

これは、今年いっぱいが期限だった「すし券」1万円分を、
迷いながら、二つの店で回収していった、軽めの報告書です。

刺し身
使い切るため、というより。
ふらふらした時間の先で、気づけば回収されていきました。
(写真はこの間の一枚です)

すし券の前提 ─ 期限があるのに、決めきれない

秋〜年末 | 自分の中

2年ほど前、母からすし券をもらいました。
期限は、今年いっぱいです。

使える店をどこにするか。いつ使うか。ひとりで行くか、誰かを誘うか。
効率だけ考えれば、簡単に決められる話だと思います。

それでも私の場合は、しばらく保留にしていたのち、この秋くらいからずっと迷っていました。

25日 ─ 入れなかった一軒目と、最初の回収

12/25 | 近場

25日、最初に行ってみた店は一杯でした。
少し覗いて、そのまま引き返しました。

それで、別の店に入りました。
年配の大将がやっている店です。

すし券は1万円分あったのですが、
お得すぎて、ビールも飲んで、3500円分しか使えませんでした。
お腹は完全にいっぱいになりました。

28日 ─ お土産を考えて、並んでやめる

12/28 | 都内

28日のイベントに、お土産で持っていけるかなと思い、
池袋の商業施設内の寿司店にも行ってみました。

けれど並んでいたので、やめました。
イベントも、そろそろ終わりの時間に近づいていました。

ここ数日 ─ 散歩がてら覗いて、やっていない

年末数日 | 近場

ここ数日も、ランチで入れるかなと、散歩がてら近所をふらふらしました。
けれど、通りがかったお店はやっていませんでした。

大晦日 ─ 立川、そして二つ目の回収

12/31 | 立川

この数日間は、人と行動を共にしていました。
大晦日は夕方まで一緒でしたが、そこで解散しました。

ひとりになってから、残っているすし券を使えるところを探しに、立川へ向かいました。

最初は、商業施設内の寿司店を目指しました。
けれど大晦日で、18時に閉まっていました。

それで他を探して、あら井鮨総本店へ行きました。
以前、立川の行きつけの店のマスターから、話を聞いていた店です。

行ってみたら、ここも20時までで早仕舞いでした。
着いたのは19時前くらいです。

入れてもらえて、セーフでした。

あら井鮨総本店
ぎりぎりの時間に、ぎりぎりで入れる。
あら井鮨総本店
にぎり
きちんとした場に座ると、呼吸が整います。
あら井鮨総本店

湯の箱 ─ 徳利を、自分で引き上げる

同日夜 | カウンター

黒龍のぬる燗と、にぎりのセットを頼みました。
「黒龍」と文字の入った箱の中に熱湯が入っていて、
そこに1合の徳利が入ってきました。
自分のタイミングで、徳利を引き上げます。

お燗自体は、これまでにも色々な店で飲んできました。
だいたいのことは分かっているつもりでしたが、
温度については、ずっと店に任せていたのだと思います。

燗銅壺に徳利が入ってきて、
自分で引き上げるという体験は、
温度を見るというより、
酒の状態を引き受ける感覚に近いものでした。

良し悪しはあると思いますが、面白い体験でした。

実は前日に、別のいきつけの店でお燗を飲んでいました。
そのとき、少し熱くしすぎて、
「風味、大丈夫ですか?(飛んでいないですか?)」と話題になっていました。

そうした流れの中に、
今日の体験も、自然とつながっていたのだと思います。

黒龍のぬる燗
温度を「完成品」として渡されるのではなく、
自分のタイミングで引き上げる。
あら井鮨総本店

おわりに ─ そのあと、年を越す

効率だけ考えれば、さくっと決められる話だったと思います。
でも私の場合は、ふらふらしながら、最終的にようやく収まるところに収まりました。

そうでなければ出会えないところに着地した、という感じがあります。

道中に意味があったのか無かったのかは分かりません。
でも、それはそれでありなんだろうと思いました。

あら井鮨のあとは、立川の行きつけの店で一杯だけ飲み、
そのあと、地元のバーへ。そこで年を越しました。

1時前には帰宅して、そのまま就寝。
こうして、大晦日が静かに着地しました。

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Shingo Takenaka

Shingo Takenaka

しなやかな律を探る実践者|APLF主宰

北海道・苫小牧市に生まれ育つ。東京大学大学院を修了後、外資系テック企業で働きながら起業。 現在は、人・もの・自然をつなぐ活動を軸に、自己の律と他者との共生を探求しています。 APLFでは「自分らしく、しなやかに生きる」ための実践知を静かに発信し、日々の整えから人生の投資と回収まで、思考と行動を重ねながら日常の美しさを見つけ続けています。

  1. 0の側に触れた夜— 向きが変わっていたことについての記録

  2. 静かな呼吸としてのAPLF─ 強い言葉を使わない、という選択について

  3. 世界と距離を取るという、生き方 ─ ここにいながら、巻き込まれすぎない

このメディアをつくっている人

Shingo Takenaka

APLF主宰

しなやかに、自分の律で生きる
人と自然、もののめぐりを見つめながら
東大院|外資テック|起業10年

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去年の旭山で。

何をしているのかは、よく分からない。
でも、ずっと見ていられた。
.
光の向きで、部屋の表情が変わる。
ゆっくりと火の季節になってきた。
.
ひとりで歩く夜でも、
どこかで誰かとつながっている気がする。

看板の灯りや、店に流れる小さな気配が、
そっとこちらの歩幅を整えてくれる。

この街の夜にも、静かなやさしさがある。

日々、誰かや何かとの出会いがあって、
それが過剰な意味を持たなくてもいい。
気負いすぎず、気負わなすぎず、
ただ今日を歩いていけばいい。
.
失われていくものには、静かな美しさがある。

街も、人も、建物も、生きているように変わっていく。
生まれ、育ち、そして少しずつ朽ちていく。

その流れは止められない。
だからこそ、心が動くのだと思う。

かつて誰かが暮らし、笑い、
生活の音があったはずの場所に立つと、
そこに残る “気配” に触れることがある。

完全には戻らないもの。
もう取り戻せない時間。

その不可逆さが、優しさや懐かしさを生む。

失われるからこそ、
大切にしようと思えるし、
誰かに優しくなれたり、
いまを丁寧に味わえるようになったりする。

衰えることは、ただのマイナスではない。
そこから新しい命や文化が生まれ、
誰かが受け継ぎ、形を変えながら残っていく。

すべてが永遠に続く世界より、
終わりがある世界のほうが、きっと美しい。

生命も、街も、建物も、
変わっていくことで息をしている。

その無常を抱きしめながら、
今日をちゃんと生きていきたい。

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