A Shift in Where We Stand
世界が変わったわけではない。
ただ、見ていた場所が、少しずれただけだった。
深層 第Ⅰ部では、
生命という存在に、静かに触れ続けてきた。
揺らぎとしての生命。
矛盾を抱えたまま保たれる均衡。
予測できなさと共に開かれる時間。
思考より先に世界に応答している身体。
それらはすべて、
「生きている」という出来事が、どのように立ち上がっているのかを、
静かに照らす試みだった。
しかし、生を見つめていくほどに、
次第に浮かび上がってくる感覚がある。
生命そのものではなく、
生命が立たされている“場”についての感覚。
同じように生きようとしていても、
同じように誠実であろうとしても、
結果が均等には現れないことがある。
努力や意志、価値観だけでは説明しきれない出来事が、
私たちの生の周囲で、静かに起こり続けている。
それは、誰かの悪意によるものでも、
個人の欠落によるものでもないように感じられる。
生き方の問題というより、
世界の配置に近い何か。
人と人とのあいだ。
環境と環境の重なり。
時間や位置、関係の組み合わせ。
それが何なのか、
まだ名前はついていない。
ただ、
生の流れが、どこかで傾いているような感覚だけが、
静かに残っている。
ここから、視線を少しだけ外へ向けてみる。
生命を離れるのではない。
否定するのでもない。
ただ、生命が息づいている
“世界の側”を、静かに見渡してみる。
深層 第Ⅱ部では、
個人の内側ではなく、
生が置かれている「配置」や「構造」に目を向けていく。
それは、社会の分析でも、答えを示すための議論でもない。
世界がどのようなかたちで、
私たちの生を受け止め、
ときに押し流しているのか。
その輪郭に、
判断を急がず、
そっと触れていくための連なりである。
この視線のずれの先に、
深層シリーズ 第Ⅱ部の文章が、静かに連なっている。
深層シリーズ 第Ⅱ部 記事一覧
第Ⅱ部では、生命が立たされている
「世界の側」に、そっと視線を移していきます。
