On Remembering
あの夜のことを、ときどき思い出すことがある。
冬の夜、北星小学校のグラウンドで
凍れた地面に倒れ込み、空を見上げていた。
星がよく見える夜だった。
そのとき、
宇宙と自分の区別が、
少しだけ曖昧になった。
あとから考えると、
あのとき感じたことは、
何か新しいことを知った、
という感じではなかった。
むしろ、
もともとどこかで知っていたことを、
思い出したような感じだった。
「ああ、そうだったのか」
と、静かに確認したような感覚に近い。
不思議なことに、
どこか懐かしさもあった。
数学者の岡潔は、
人間にとって大切なものは
「情緒」だと言っている。
情緒というのは、
知識とは少し違う。
説明できなくても、
どこかで分かっているような感覚。
懐かしさや、
落ち着く感じ。
そういうものも、
情緒のひとつなのだと思う。
以前、
若い画家の個展を見に行ったことがある。
その作品を見ていると、
若い頃の自分の感覚が、
静かに戻ってくるような感じがした。
何か新しいものを学んだ、
というより、
「ただいま」に近い気持ちだった。
赤ん坊は、
何も知らないのに笑ったり、泣いたりする。
知識はない。
けれど、
情緒はすでにある。
社会の中で生きていると、
人はさまざまな役割を持つ。
仕事をしたり、
何かの立場になったり、
いろいろなことができるようになる。
その一方で、
役割を持つ前の状態も、
どこかに残っているように思う。
人は、
何もできない状態から生まれてくる。
やがていろいろなことができるようになり、
そして最後には、
また何もできない状態に近づいていく。
その流れを考えると、
「何もできない」という状態と、
「何でもできる」という状態は、
それほど遠くないのかもしれない。
もしかすると人は、
いろいろな場所へ行き、
いろいろなことを経験する。
遠くまで行って、
多くのものを手に入れて、
また手放していく。
そして最後に、
もともと知っていた場所に
戻ってくるのかもしれない。
あの夜に感じたことも、
そんな「思い出す」という感覚の
ひとつだったように思う。
そして人は、
そういう感覚に戻るために、
遠くまで出かけるのかもしれない。