Living With What Simply Is
それは、
何かを学ぼうとした話でも、
価値を証明しようとした記録でもありません。
ただ、
ひとつの感覚が、
生活の中に残っていった、
その過程についての断片です。
ここにあるのは、考え方の提示ではなく、
日常の中で、感覚が静かに残っていった時間そのものです。
ある個展に足を運んだこと。
ひとつの道具を選び、使いはじめたこと。
そして、毎日目にする時間の中に、
表現が静かに入り込んできたこと。
それぞれは小さな出来事ですが、
振り返ると、ひとつの流れとしてつながっていました。
ここに並べたのは、
その連なりを、言葉として残した記録です。
目次
感覚が、立ち上がる
最初に起きたのは、
「驚き」でした。
新しいものに出会った、というよりも、
ずっと前から自分の中にあった感覚が、
ふいに呼び戻されたような出来事です。
関係が、立ち上がる
次に変わったのは、
モノとの距離でした。
使い捨てるものとしてではなく、
使い切る前提で、一本を選ぶ。
その行為を通して、
道具との関係が、静かに立ち上がっていきました。
風景に、なる
最後に残ったのは、
「続いている」という感覚でした。
飾る。
使う。
身につける。
ただ、見る。
そうした行為が、
特別なものではなくなったとき、
表現はコンセプトを離れ、
生活の風景になっていきます。
これらは、
何かを達成するための記録ではありません。
ただ、
感じたことが、
選択を変え、
日常の中に残っていった。
その静かな変化を、
ひとつの束として、ここに置いています。