しなやかに、自分の律で生きるための実践知メディア

第Ⅰ部では、生命の内側を見つめながら、
その生命がすでに世界へと開かれている感覚にも、ところどころ触れてきた。

揺らぎとしての生命。
矛盾を抱えたまま保たれる均衡。
予測できなさとともに開かれる時間。
思考より先に応答している身体。
そのすべてが、他とのあいだで立ち上がっているという事実。

それらはすべて、
「生きている」という出来事が、どのように立ち上がっているのかを見つめる試みだった。

第Ⅱ部では、視線を少し外へ向けていく。

生命そのものではなく、
生命が置かれている“世界の側”へ。

第Ⅱ部で扱う問い

同じように生きようとしていても、
同じように誠実であろうとしても、
結果が均等には現れないことがある。

努力や意志、価値観だけでは説明できない出来事が、
私たちの生のまわりで、静かに起こり続けている。

それは誰かの悪意によるものでも、
個人の欠落によるものでもないように感じられる。

生き方の問題というより、
世界の“配置”に近い何か。

第Ⅱ部では、こうした感覚を手がかりに、
世界がどのような構造の中で私たちの生を包み込んでいるのかを見つめていく。

生命から、世界へ

第Ⅰ部では、生命がどのような原理や関係の中で立ち上がっているのか、
その内側の構造に触れてきた。

第Ⅱ部では、生命がすでに立たされている、
外側の条件へと視線を移していく。

  • 世界は、誰かの意思で動いているのか
  • なぜ効率的な社会ほど息苦しさが生まれるのか
  • 自由や選択は、どこまで本当に自由なのか
  • 個人は、どこまで世界を引き受けられるのか

それらは答えを出すための問いではない。
世界との距離感を、静かに測り直すための問いである。

この部で大切にしている姿勢

第Ⅱ部は、社会の正しさや、あるべき姿を語る場ではない。

批判でも、分析でも、解決でもなく、
配置としての世界を見渡す視点を扱っていく。

戦うでも、逃げるでもない。
巻き込まれすぎず、切り離しすぎない。

ここにいながら、
向きを少し変えて立つための視線。

第Ⅱ部の構成

  • 構造と意図
    世界に起こる出来事を、善悪や誰かの意思の外側から見つめ直す。
  • 最適化と息苦しさ
    効率と引き換えに失われていく感覚について。
  • 公平という幻想
    均等には扱われない現実の配置。
  • 選択と自由意思
    「選んでいる」という感覚は、どこまで本当なのか。
  • 個人の引き受け可能性
    世界・責任・役割の限界線。
  • 距離という生き方
    同化せずに関わるための、静かな立ち位置。

深層における第Ⅱ部の位置

第Ⅱ部は、深層の中でも、
生命と日常のあいだに横たわる層を扱っている。

思想でもなく、実践でもなく、
世界と個人の距離が形づくられる場所。

この層に触れることで、
6つの断面や共通原則は、
「正しい行動」ではなく、
無理のない立ち位置として立ち上がりはじめる。

第Ⅱ部も、結論へ導くための部ではない。

ただ、世界の中で生きているという感覚を、
少しだけ違う角度から見直すための連なりである。

この部のまわりには、視線が切り替わったあとに書かれた、短い文章も置かれている。
理解のためではなく、向きが変わったあとに、ふと残る感覚として。

まずは、第Ⅰ章から。

第Ⅰ章|構造は、誰かの意思で動いていない


この部が生まれる以前、
まだ言葉になる前の違和感を、
そのまま残した記録がある。

ここにいながら、向きを変えていた

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