しなやかに、自分の律で生きるための実践知メディア

記録

決めきれないまま、話していい場所

─ APLFダイアログという場についての記録

Speaking Before Deciding

決める前に、
眺めておきたいものがある。

言葉にすると、
こぼれてしまうものを、
こぼさないまま。


何かを決めたいわけではない。
でも、このまま置いておくのも違う気がする。

考えがまとまっていない。
言葉にしようとすると、
大事な部分がこぼれ落ちる。

そんな状態のまま、
誰かと話していいのかどうか。
以前は、そのこと自体を迷っていた。

APLFダイアログは、
そうした迷いの中から、
あとから形になってきた場だ。

ダイアログで「やらないこと」

APLFダイアログでは、
いくつか、はっきりとやらないことがある。

  • 診断しない
  • 正解を出さない
  • 人生の方向を決めない
  • その場で結論を出させない

これは消極的な選択ではない。
必要ないから、やらない。

話している最中に、
まだ熟していないものまで無理に言語化すると、
構造が壊れてしまうことがある。

APLFダイアログは、
「決める場」ではなく、
壊さずに眺める場として設計されている。

どういう状態のときに、必要になるか

APLFダイアログが必要になるのは、
答えがないときではない。

むしろ、
答えは薄々見えているのに、
それを一つに定めることに違和感があるときだ。

  • いくつかの可能性が同時に残っている
  • どれも間違いではない気がする
  • でも、どれかを選ぶと何かが欠ける

そういう状態を、
未熟さや優柔不断として切り捨てたくない人。

APLFダイアログは、
決めきれない状態そのものを、
一つのフェーズとして扱う。

「相談」でも「コーチング」でもない

APLFダイアログは、
一般的な意味での相談とも、
コーチングとも少し違う。

問題解決を急がない。
ゴール設定を先に置かない。

代わりにやるのは、
話しながら、どんな構造で考えているかを一緒に眺めること。

  • 何を大事にしているか
  • どこで止まりやすいか
  • どこで自然に動き出すか

それが見えてくると、
決断は、外から与えなくても、
自然に立ち上がることが多い。

話す、描く、形にする —— 対話の射程

APLFダイアログは、
対話の入口として用意されている。

ただ、そこで扱っているのは、
「話すこと」そのものではない。

話しながら見えてきた構造は、
必要に応じて、もう少し長い時間をかけて描くこともある。
それが、APLFデザインセッションと呼んでいるものだ。

ここでは、価値の核、動きやすい構造、避けたほうがいい選択肢などを、
言葉や図として整理していく。

さらにその先、
構造を実際の表現や活動に落とす段階では、
ホームやメディアづくり、継続的な対話として関わることもある。

けれど、入口に立つ時点で、そこまで考えている必要はない。

APLFでは、
話す・描く・形にするを一つの流れとして捉えているが、
いつ、どこまで進むかは、対話の中で自然に決まっていく。

ChatGPTとの対話が、下地になっている理由

APLFダイアログの背景には、
ChatGPTとの対話体験がある。

大量の前提情報、寄り道、矛盾、まだ言葉にならない感覚。
それらを削らずに置いておける環境があることで、
構造が壊れずに浮かび上がる。

APLFダイアログは、
その体験を、人と人の場として再現したものとも言える。

AIの代替ではない。
AI的な「聞き方」を、人の場に持ち込んだだけだ。

合う人と、合わない人がいる

APLFダイアログは、すべての人に向いているわけではない。

  • すぐに答えが欲しい人
  • 明確な正解や手順を求めている人
  • 決断そのものを委ねたい人

そういう人には、たぶん物足りない。

一方で、

  • 自分の感性を壊したくない
  • でも、このままでもいたくない
  • 構造として、一度見てみたい

そう感じている人には、静かに効いてくる。

無理に広げない。
必要な人が、必要なタイミングで気づけばいい。

APLFダイアログは、
そういう場として置かれている。

対話の前に、触れておいてほしい記録

もし、APLFダイアログに少しでも引っかかるものがあったら、
先にいくつかの記録を読んでもらえたらと思う。

  • 「構造が、あとから見えてきた」
  • 「診断の前に、理解してもらう」

それを読んで、何も起きなければ、それでいい。

何かが静かに残ったなら、
その続きを、対話の中で扱うことはできる。


※APLFダイアログは、人生を決める場ではありません。
決めきれないままでも、話していい場所として用意されています。

決めるために話すのではなく、
壊さずに見ておくために話す。

その時間が、
次の一歩を、あとから立ち上げる。


関連する記録:

構造が、あとから見えてきた
診断の前に、理解してもらう

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Shingo Takenaka

Shingo Takenaka

しなやかな律を探る実践者|APLF主宰

北海道・苫小牧市に生まれ育つ。東京大学大学院を修了後、外資系テック企業で働きながら起業。 現在は、人・もの・自然をつなぐ活動を軸に、自己の律と他者との共生を探求しています。 APLFでは「自分らしく、しなやかに生きる」ための実践知を静かに発信し、日々の整えから人生の投資と回収まで、思考と行動を重ねながら日常の美しさを見つけ続けています。

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  3. 世界と距離を取るという、生き方 ─ ここにいながら、巻き込まれすぎない

このメディアをつくっている人

Shingo Takenaka

APLF主宰

しなやかに、自分の律で生きる
人と自然、もののめぐりを見つめながら
東大院|外資テック|起業10年

.
去年の旭山で。

何をしているのかは、よく分からない。
でも、ずっと見ていられた。
.
光の向きで、部屋の表情が変わる。
ゆっくりと火の季節になってきた。
.
ひとりで歩く夜でも、
どこかで誰かとつながっている気がする。

看板の灯りや、店に流れる小さな気配が、
そっとこちらの歩幅を整えてくれる。

この街の夜にも、静かなやさしさがある。

日々、誰かや何かとの出会いがあって、
それが過剰な意味を持たなくてもいい。
気負いすぎず、気負わなすぎず、
ただ今日を歩いていけばいい。
.
失われていくものには、静かな美しさがある。

街も、人も、建物も、生きているように変わっていく。
生まれ、育ち、そして少しずつ朽ちていく。

その流れは止められない。
だからこそ、心が動くのだと思う。

かつて誰かが暮らし、笑い、
生活の音があったはずの場所に立つと、
そこに残る “気配” に触れることがある。

完全には戻らないもの。
もう取り戻せない時間。

その不可逆さが、優しさや懐かしさを生む。

失われるからこそ、
大切にしようと思えるし、
誰かに優しくなれたり、
いまを丁寧に味わえるようになったりする。

衰えることは、ただのマイナスではない。
そこから新しい命や文化が生まれ、
誰かが受け継ぎ、形を変えながら残っていく。

すべてが永遠に続く世界より、
終わりがある世界のほうが、きっと美しい。

生命も、街も、建物も、
変わっていくことで息をしている。

その無常を抱きしめながら、
今日をちゃんと生きていきたい。

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