Going Out, Yet Returning
北海道に帰ると、
「帰ってきた」という感じがする。
空気の匂いだったり、
街の静けさだったり、
遠くに見える山や湖だったり。
そういうものに触れると、
体のどこかが少しゆるむ。
でも不思議なことに、
東京に戻ったときも、
同じように「帰ってきた」という感じがする。
帰る場所は、
ひとつではないのかもしれない。
最初からそこにホームがあるわけではない。
何度か行き来して、
時間を過ごして、
誰かと話したりしているうちに、
気づくとその場所が自分の中にできている。
そして、そこに戻ったとき、
「ああ、帰ってきた」
という感じが生まれる。
自分の場合、
最初のホームは北海道だった。
苫小牧の街。
支笏湖の自然。
冬の空。
そこから東京に出てきて、
生活が少しずつ変わった。
最初はまだ新しい街という感じだった。
けれど時間が経つにつれて、
よく行く店だったり、
何度か会う人だったり、
歩き慣れた道だったり、
そういうものが少しずつ増えていった。
気づくと、
東京にも「帰る感じ」が生まれていた。
人は、場所を持つというより、
場所との関係を持っていくのかもしれない。
何度か訪れ、
時間を過ごし、
少しずつ関係が生まれる。
そうしているうちに、
その場所は自分の一部になっていく。
人は、遠くへ出かけることがある。
旅をしたり、
知らない街を歩いたり、
普段とは違う体験をしたりする。
そういう時間を過ごして日常に戻ると、
それまで気づかなかったものが
見えてくることがある。
遠くへ行くことで、
近くにあるものが少し違って見える。
もしかすると人は、
遠くへ出かけることで、
帰る場所を少しずつ見つけているのかもしれない。
そして気づくと、
帰る場所はひとつではなくなっている。
出かけると言いながら、
実は帰っているのかもしれない。