Imagining the Well After Knowing the World
昔の時代に生きていたら、どんな感覚だったのだろうと、よく考える。
それは懐古というより、いま自分が立っている場所を確かめるための想像に近い。
科学も文化も、いまほど発達していない時代。
世界は狭く、情報は限られていたはずだ。
けれど、その世界は本当に「狭かった」のだろうか。
制約があるからこそ、人は遠くを思い描く。
飢えがあるからこそ、満ちた世界を空想する。
無知であるがゆえに、空白はそのまま想像力の余地になる。
自分自身のことを思い返す。
北海道にいて、高専と実家を往復する日々。
東京や、海外のことを想像していた頃があった。
移動範囲は限られていても、
頭の中では、どこまでも遠くへ行けた。
あのとき見上げていた空は、
どれほどの蒼さを持っていただろう。
一方で、僕は少し広い世界に出てしまった。
科学を知り、構造を知り、
世界の標準を知ってしまった。
広い世界に出ることは、自由になることだと思われがちだ。
選択肢が増え、可能性が開かれ、
役割を選べるようになる。
けれど実際には、
選べば選ぶほど、
役割を得れば得るほど、
荷物は増えていく。
期待、責任、比較、評価。
自分で選んだはずのものが、
いつの間にか自分を動かす重りになる。
世界が広がるということは、
エネルギーが分散するということでもある。
マーケティング、テレビ、SNS、技術。
便利さと引き換えに、誘惑は指数関数的に増えた。
何を見ても、
「まだ足りない」「もっと先がある」と囁かれる。
選択肢があることは、
常に選び続けなければならない状態を生む。
それは、静かな疲労を伴う。
ブータンの幸福度の話は象徴的だ。
世界一幸福と言われていた国が、
インターネットによって外の世界を知り、
比較を知り、
欲望の形を知ったことで、
幸福度が下がったという。
事実関係を厳密に調べたわけではない。
けれど、その構図自体は、直感的に理解できる。
知らなかったからこそ、
満ちていたものがある。
鎖国していた江戸時代についても、
同じような感覚を覚える。
閉じていたからこそ、
文化が内側で熟成し、
生活のリズムが整い、
過剰な競争に晒されなかった。
「遅れていた」のではなく、
意図せず制限されていた世界が、
結果として完成度を持っていた可能性。
広がらなかったからこそ、
深まった。
広い世界は、
必ずしも自由度が高い世界ではない。
むしろ、
選択肢を絞り、
役割を減らし、
荷物を軽くしたとき、
エネルギーは再び一点に集まる。
それは狭い世界というより、
密度の高い世界と呼ぶほうが近い。
ふと、大航海時代の話を思い出す。
海の向こうに何があるか、
まだ誰も正確には知らなかった頃。
いまでは当たり前に手に入る胡椒が、
黄金と同じ価値を持っていたという。
命をかけて、未知の海へ向かう理由が、
そこには確かにあった。
昔の世界は、
狭かったのではなく、
まだ確定していなかったのかもしれない。
いま、知らないことが無限にあるのと同じように、
あの時代の人々も、
別のかたちの無限の中に立っていた。
知ってしまったことは、もう消せない。
けれど、知ることにためらいはない。
知らないことはいまも無限にあるし、
知れば知るほど、世界はわからなくなっていく。
問いは減るどころか、増えていく。
だからといって、
「知らないほうがよかった」と単純に言いたいわけでもない。
ある地点で落ち着き、
繰り返しの日々を生きる人もいる。
一方で、落ち着けないまま、
問いを持ち続ける人もいる。
どちらが正しいわけでもない。
それぞれが違うリズムで生きているだけだ。
そう考えると、
多様な個体が存在すること自体が、
生命全体の性(さが)なのだと思えてくる。
進む者と、留まる者。
知ろうとする者と、守ろうとする者。
広げる者と、閉じる者。
そのすべてが同時に存在しているから、
世界は一方向に固まらず、
かろうじて生き続けているのかもしれない。
知ってしまった場所から、
それでもなお、井戸を想像する。
それは後戻りではなく、
知った上で、あえて制約の中に立つという選択だ。
広さを否定するのではなく、
自分で密度を選ぶ。
その自由だけは、
手放さずにいたいと思っている。
