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整え

整え|実践|朝の光で「今日」に入る

朝、カーテンの向こうがうっすら明るくなるだけで、
身体はゆっくりと「今日」に向かいはじめます。
目を覚ますよりも先に、光がこちらに触れてくる。
そのわずかな合図が、一日のリズムを静かに変えていきます。

朝の光は、時計よりも正確な「身体のスイッチ」です。
この小さな入り口を整えてあげるだけで、
私たちは自分のペースと世界のペースを、そっと合わせ直すことができます。

なぜ「朝の光」が整えの起点になるのか

光は、身体のリズムをつくるもっとも根源的な要素です。
起きる・動き出す・集中する・ゆるむ・眠る。
その一連の流れの始点にあるのが「朝の光」。

明るさそのものだけでなく、どの方向から光が入ってくるかで、心の姿勢も変わります。
強い光は意識を起こし、やわらかい光は情緒を整える。
光の「質」と「触れ方」は、私たちが思う以上に繊細です。

つまり朝の光は、
“今日をどう始めるか”のプロローグなのです。

起きてから15分の「光の整え」

ここでは、道具や特別な習慣はいりません。
カーテンを開ける、光の方向を変える、立つ位置を一つ決める。
それだけで十分です。

1. カーテンを開けて、外の明るさを受け取る

朝一番の行為を「光に触れる」にするだけで、
身体は自然に起動します。

ポイントは、全開にしなくてもよいこと。
数十センチだけ開ける、レース越しにする、
その日の気分に合わせて“光の強さ”を調整します。

2. 光の方向を決める

窓の前に立つ、ベッドサイドで座る、デスクに向かう──。
「光がどの角度から自分に触れるか」を決めると、
その日一日の姿勢も自然に整います。

おすすめは、
・窓の方に身体を向ける
・顔にやわらかく光が入る位置に立つ
・背中に光を受けて意識をゆるませる
など、身体が喜ぶ方向を探してみること。

3. 光 → 水 → 呼吸で、身体を「今日」に入れる

光を受けたあと、
・コップ一杯の水
・背中と肩のゆっくりした伸び
・深い呼吸をひとつ
これで十分。

朝の光が“外側からのスイッチ”なら、
水と呼吸は“内側からのスイッチ”。
外と内のリズムがそろうことで、
今日の自分がふわりと立ち上がります。

天気が悪い日、冬の日の光の扱い方

曇りや雨の日、冬の弱い光は、
晴れた日のように力強くありません。
でも、そのやわらかさこそが、気持ちを整える光になります。

・レース越しの光をそのまま受ける
・デスクライトを少しだけ暖かい色にする
・光の方向をゆるやかに変えてみる
・部屋の照明を一段階落として“光の対比”をつくる

など、弱い光ならではの「静かな起動」が可能です。

冬は、身体も心も内側に戻る季節。
光に頼りすぎず、やわらかい明るさを味方にします。

朝の光を整えるとは、「今日の自分に戻る」こと

整えるとは、完璧な朝活をこなすことではありません。
乱れのない朝を目指すことでもない。

ただ、
光に触れ、呼吸をひとつし、今日の自分に戻ること。

それだけで、一日の密度は大きく変わります。
朝の光は「世界と再びつながるための入口」。
その入口を丁寧に扱うことは、
あなた自身のペースを守る最初の整えになります。


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Shingo Takenaka

Shingo Takenaka

しなやかな律を探る実践者|APLF主宰

北海道・苫小牧市に生まれ育つ。東京大学大学院を修了後、外資系テック企業で働きながら起業。 現在は、人・もの・自然をつなぐ活動を軸に、自己の律と他者との共生を探求しています。 APLFでは「自分らしく、しなやかに生きる」ための実践知を静かに発信し、日々の整えから人生の投資と回収まで、思考と行動を重ねながら日常の美しさを見つけ続けています。

  1. 0の側に触れた夜— 向きが変わっていたことについての記録

  2. 静かな呼吸としてのAPLF─ 強い言葉を使わない、という選択について

  3. 世界と距離を取るという、生き方 ─ ここにいながら、巻き込まれすぎない

このメディアをつくっている人

Shingo Takenaka

APLF主宰

しなやかに、自分の律で生きる
人と自然、もののめぐりを見つめながら
東大院|外資テック|起業10年

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去年の旭山で。

何をしているのかは、よく分からない。
でも、ずっと見ていられた。
.
光の向きで、部屋の表情が変わる。
ゆっくりと火の季節になってきた。
.
ひとりで歩く夜でも、
どこかで誰かとつながっている気がする。

看板の灯りや、店に流れる小さな気配が、
そっとこちらの歩幅を整えてくれる。

この街の夜にも、静かなやさしさがある。

日々、誰かや何かとの出会いがあって、
それが過剰な意味を持たなくてもいい。
気負いすぎず、気負わなすぎず、
ただ今日を歩いていけばいい。
.
失われていくものには、静かな美しさがある。

街も、人も、建物も、生きているように変わっていく。
生まれ、育ち、そして少しずつ朽ちていく。

その流れは止められない。
だからこそ、心が動くのだと思う。

かつて誰かが暮らし、笑い、
生活の音があったはずの場所に立つと、
そこに残る “気配” に触れることがある。

完全には戻らないもの。
もう取り戻せない時間。

その不可逆さが、優しさや懐かしさを生む。

失われるからこそ、
大切にしようと思えるし、
誰かに優しくなれたり、
いまを丁寧に味わえるようになったりする。

衰えることは、ただのマイナスではない。
そこから新しい命や文化が生まれ、
誰かが受け継ぎ、形を変えながら残っていく。

すべてが永遠に続く世界より、
終わりがある世界のほうが、きっと美しい。

生命も、街も、建物も、
変わっていくことで息をしている。

その無常を抱きしめながら、
今日をちゃんと生きていきたい。

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