しなやかに、自分の律で生きるための実践知メディア

驚き

価値は、めぐる

─ 体験を循環へ変えるということ

がむしゃらに頑張っても結果につながりにくい人がいる一方で、軽やかに成果を重ねていく人もいます。
この違いは能力や努力だけではなく、どんな体験に触れ、どう自分の中で循環させてきたかにあります。

良いサービスや人との関わりに意図を感じ取り、反芻し、日常や仕事へと還す。
その繰り返しが、小さな循環を生み、やがて生き方の質を変えていきます。

遊びと実用のあいだ

「遊び」を単なる娯楽とみなす見方は少なくありません。けれど、結果や効率をいったん手放し、感覚をひらく時間こそ、本質へ近づく入口になります。
美しい空間、丁寧な所作、静かな余白──上質な体験には感性を呼び覚まし、心を整え、思考を研ぎ澄ませ、行動の質を高める力があります。
遊びは無駄ではありません。感性と実用のバランスを取り戻す、最も実践的な学びのかたちでもあります。

価値は、めぐる

友人から山梨の実家で育ったネギをいただき、こちらはふるさと納税の返礼品としていただいた、長岡のレンコンをお返ししたことがありました。どちらも特別な品ではありませんが、なぜか双方の価値が増したように感じられました。
土地の記憶や人の手の温もり、作り手の物語──単なる物の交換ではなく、想いと季節、背景までも交わしていたからです。
価値は、このように与え・受け取り・また渡していく中でめぐります。お金に限らず、人と人、場と場を結ぶ生命の流れとして循環していきます。

非日常が日常を照らす

一流のサービスや特別な空間に触れることにも意味があります。
それは「非日常の風」として感性を揺らし、見慣れた日常の価値をもう一度照らし出すからです。
異なる文脈に身を置くことで自分の基準が見えてきます。上質な体験は贅沢ではなく、「日常をどう生きるか」という問いを生み出します。

循環を取り戻す

うまくいっている人は、体験を「消費」で終わらせません。得た気づきを内側に取り込み、新しい価値として社会へ還していきます。
それは学びであり、投資であり、遊びでもあります。良い体験を通じて自分と世界の循環を育てること。
その循環こそが、人生の質を静かに、確かに高めていきます。

めぐる生き方へ

上質な体験も、日常のやり取りも、すべては「価値のめぐり」の中にあります。人と人、場所と場所がつながり、関係が生まれ、また新しい価値が立ち上がる。
関わり・体験・遊びという三つの原理を、実際の手触りの中で感じ直すこと。
それが、APLFが大切にしている生き方です。

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日常の小さな選択や行動の中に、
感性をひらく“遊び”の余白があります。

「大人の遊びかた研究室」では、
そんな実験や気づきを、静かにシェアしています。

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Shingo Takenaka

Shingo Takenaka

しなやかな律を探る実践者|APLF主宰

北海道・苫小牧市に生まれ育つ。東京大学大学院を修了後、外資系テック企業で働きながら起業。 現在は、人・もの・自然をつなぐ活動を軸に、自己の律と他者との共生を探求しています。 APLFでは「自分らしく、しなやかに生きる」ための実践知を静かに発信し、日々の整えから人生の投資と回収まで、思考と行動を重ねながら日常の美しさを見つけ続けています。

  1. 0の側に触れた夜— 向きが変わっていたことについての記録

  2. 静かな呼吸としてのAPLF─ 強い言葉を使わない、という選択について

  3. 世界と距離を取るという、生き方 ─ ここにいながら、巻き込まれすぎない

このメディアをつくっている人

Shingo Takenaka

APLF主宰

しなやかに、自分の律で生きる
人と自然、もののめぐりを見つめながら
東大院|外資テック|起業10年

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去年の旭山で。

何をしているのかは、よく分からない。
でも、ずっと見ていられた。
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光の向きで、部屋の表情が変わる。
ゆっくりと火の季節になってきた。
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ひとりで歩く夜でも、
どこかで誰かとつながっている気がする。

看板の灯りや、店に流れる小さな気配が、
そっとこちらの歩幅を整えてくれる。

この街の夜にも、静かなやさしさがある。

日々、誰かや何かとの出会いがあって、
それが過剰な意味を持たなくてもいい。
気負いすぎず、気負わなすぎず、
ただ今日を歩いていけばいい。
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失われていくものには、静かな美しさがある。

街も、人も、建物も、生きているように変わっていく。
生まれ、育ち、そして少しずつ朽ちていく。

その流れは止められない。
だからこそ、心が動くのだと思う。

かつて誰かが暮らし、笑い、
生活の音があったはずの場所に立つと、
そこに残る “気配” に触れることがある。

完全には戻らないもの。
もう取り戻せない時間。

その不可逆さが、優しさや懐かしさを生む。

失われるからこそ、
大切にしようと思えるし、
誰かに優しくなれたり、
いまを丁寧に味わえるようになったりする。

衰えることは、ただのマイナスではない。
そこから新しい命や文化が生まれ、
誰かが受け継ぎ、形を変えながら残っていく。

すべてが永遠に続く世界より、
終わりがある世界のほうが、きっと美しい。

生命も、街も、建物も、
変わっていくことで息をしている。

その無常を抱きしめながら、
今日をちゃんと生きていきたい。

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