しなやかに、自分の律で生きるための実践知メディア

記録

どこに残るかということ

Remaining Within the Structure

『ウィキッド』を観ていて、もうひとつ残った感覚がある。

エルファバは、その構造の外に出ていく。
グリンダは、その中に残る。

どちらが正しい、という話ではなかった。
ただ、どこに立つかによって、見えるものが変わっていく。

エルファバは、自分のままであろうとして、外れていく。
グリンダは、違和感を抱えながらも、その中にとどまる。

おそらく、そのどちらもが必要なのだと思う。

外に出ることでしか見えないものがあり、
中に残ることでしか触れられないものがある。

自分はどちらだろうか、と少し考える。

いまはまだ、社会の中に残っている。
会社員として働きながら、関係の中にいる。

ただ、その中で見えているものは、以前とは少し違っている。

構造そのものを変えることはできないとしても、
その中で、何かをつなぐことはできるのではないか。

あるいは、つなごうとしているのかもしれない。

それは、小さな関係の中で起きることかもしれないし、
まだ形になっていないものかもしれない。

外に出るという選択も、どこかには残っている。
ただ、いまはそこにいるというだけのことでもある。

中に残ることと、そこにとどまり続けることは、
同じではないのかもしれない。

そのあいだで、何を見て、どう関わるか。
それが、いま自分にとってのひとつの問いになっている。

なにか残るものがあれば、
ことばにしてみてもいいかもしれません。

Shingo Takenaka

しなやかな律を探る実践者|APLF主宰

北海道・苫小牧生まれ。東京大学大学院修了後、外資系テック企業で働きながら起業。
人・もの・自然をつなぐ活動を軸に、自己の律と他者との共生を探っています。
APLFを通して思考と行動を重ねながら、日常の中にある価値や美しさを見つめ続けています。

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それぞれがいて
ときどき重なる

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@hatsu_hinodeya
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朝から飲む
という余白

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@asagohan_chanma
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流れていることに
気づかないまま進んでいる
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