しなやかに、自分の律で生きるための実践知メディア

よいもの

よいもの|深める #1|よいものの“見え方”

─ 選ぶ眼を養うということ

よいものを持つこと、よいものに囲まれること。
それは単に高価なものを集めることではなく、
自分にとって本当に価値あるものを選び取る“眼”を育てることです。

この世界には膨大な情報とモノがあふれています。
そんな時代だからこそ、「よいもの」を見分ける力が、
人生の質を左右すると言っても過言ではありません。

「よいもの」とは誰にとっての“よさ”か

“よいもの”とは何でしょうか?
高品質、長持ち、有名、希少、美しい──さまざまな基準がありますが、
それは誰の基準でしょうか。

大切なのは、「自分にとって何がよいのか」という視点。
他人の評価ではなく、自分自身の身体感覚や経験を通じて感じる“よさ”こそ、
本質的な価値と言えるでしょう。

情報があふれる時代の“選び方”とは

レビュー、ランキング、SNS。
それらが参考になる一方で、情報に振り回されると感性が鈍っていきます。
「なぜ自分はこれをよいと思うのか?」
この問いを立てることで、選ぶ力が養われていきます。

経験・対話・背景から“よさ”を感じとる

「よいもの」は、性能だけでなく背景や人との対話、体験の中から立ち上がる。
土の匂い、手仕事のぬくもり、作り手の声。
“よさ”は文脈とともに息づく感覚なのです。

実践のヒント:よいものに出会う3つの姿勢

  • 背景を感じ取る。 ものの奥にある人や物語に耳を澄ませてみる。
  • 時間を味わう。 長く使うほど、自分との関係が深まっていく。
  • 語り合う。 他者の“よさ”の感じ方に触れることで、自分の感性も広がる。

行動というより、選ぶときの“まなざし”を育てる感覚で。
よいものは、探すものではなく、気づくものです。

APLF的視点:命のバトンとしての「よいもの」

APLFでは、“よいもの”を単なる所有物ではなく、
命のバトンとしてとらえます。
自分の時間や感性を託す“媒体”であり、やがて誰かに受け渡されていくもの。
選ぶという行為は、未来への贈り物を選ぶようなものです。

問い

──最近、「これはよい」と心から思えた瞬間はいつでしたか?
値段や流行ではなく、その“感じた理由”を言葉にしてみてください。

日々の中の“よさ”を見つけるまなざし。
それが、これからの豊かさの鍵になるはずです。

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日常の小さな選択や行動の中に、
感性をひらく“遊び”の余白があります。

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Shingo Takenaka

Shingo Takenaka

しなやかな律を探る実践者|APLF主宰

北海道・苫小牧市に生まれ育つ。東京大学大学院を修了後、外資系テック企業で働きながら起業。 現在は、人・もの・自然をつなぐ活動を軸に、自己の律と他者との共生を探求しています。 APLFでは「自分らしく、しなやかに生きる」ための実践知を静かに発信し、日々の整えから人生の投資と回収まで、思考と行動を重ねながら日常の美しさを見つけ続けています。

  1. 力は、どこにあるのか分からない─ 音楽と文章と、関わりの話

  2. 心は、外に置かれはじめている

  3. 0の側に触れた夜─ 向きが変わっていたことについての記録

このメディアをつくっている人

Shingo Takenaka

APLF主宰

しなやかに、自分の律で生きる
人と自然、もののめぐりを見つめながら
東大院|外資テック|起業10年

.
去年の旭山で。

何をしているのかは、よく分からない。
でも、ずっと見ていられた。
.
海に来ると、
言葉が一度、ほどける。
.
APLFとは、
世界を少しだけ丁寧に見つめ直すための
静かなメディアです。

日々の暮らしや、旅の途中でふと立ち上がる気配。
風の温度、土地のリズム、
光と影のあいだにひっそりと生まれる小さなゆらぎ。
そんな“見過ごしてしまいそうなもの”を
静かにすくい上げています。

扱っているのは、
美しさの気配、日々の気づき、
旅の記録、よいもの、習慣、哲学、
そして生命をめぐる静かな断片たち。

Instagramでは、
その入口となる小さな断片をシェアしています。
より深い物語や背景は、Webサイトにまとめました。

ゆっくりと、自分の歩幅で。
そんなふうに世界と関わりたい人へ。

▼ Web
https://aplf.jp
.
人が集まることには、
いつも光と影の両方がある。

SNSで誰かが見つけてくれて、
新しい世代や旅人が混ざり、
店や街に活気が生まれる。
それは間違いなく“光”。

ただ、広がりのスピードが
その場所が育ててきた“温度”と
噛み合わない瞬間もある。

たとえば京都の、とある昼から飲める蕎麦屋で感じたこと。
ここは少し入りにくい佇まいで、そもそも見つけにくい場所にある。

その日、大学生が扉を開けて入ってきた。
「どうやって見つけたんだろう?」と店主に聞くと、
答えは “SNSの投稿で知ったから”。

来てくれること自体は嬉しい。
でも店主がふとこぼした、
「少し違う店になった感じがあるんだよね。
常連さんが入りづらくなって離れてしまう店もあるようだ」
という静かな言葉も、たしかにそこにあった。

もちろん、発信が店や地域を支えている場面も多い。
僕のまわりの発信者たちは、
店や土地のリズムや空気に寄り添いながら、
文脈ごと丁寧に届ける人ばかりだ。

だから、バズが悪いわけじゃない。

ただ、土地には土地の歩幅がある。
その速度に合わせて広がっていく関わり方が、
きっと美しいのだと思う。

たとえば山口県の、とある温泉街のように。
土地のリズムに合わせて、
ゆっくり関係性を育てている場所もある。

光と影の両方を感じながら、
その土地とどう関わるか。
旅人にも、地域の人にも、
その感性がきっと必要なんだと思う。

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