しなやかに、自分の律で生きるための実践知メディア

外縁

観ているのは、誰か

Who Is Observing This World

観測という言葉を聞くと、
天体観測や、気象観測、
あるいは、夏休みの自由研究でやった
虫や植物の観察を思い浮かべる人も多いかもしれない。

けれど、僕らが日々やっている「観測」は、
それよりもずっと広い。

目で見て、耳で聞いて、身体で感じる。
それだけではない。

本を読むことで、
過去の出来事や、
過去を生きた誰かの人生を追体験する。

歴史書も、昔話も、神話も、SFも、
すべては「直接そこにいない世界」を
観測する行為だ。

マンガやアニメ、映画もそうだろう。
まだ起きていない未来や、
起きなかったかもしれない出来事を、
僕らは日常的に観測している。

僕らは、この世界を、
「いま・ここ」だけで生きているわけではない。

身体は現在にありながら、
意識は、過去や未来を行き来する。

その意味で、人間は、
生きながらにして、
時間をまたぐ観測装置でもある。

もちろん、観測には限界がある。

台風の進路予測は、
どれだけテクノロジーが進んでも、
完全には読み切れないと言われている。

気圧、海水温、風、地形。
無数の要素が絡み合い、
わずかな違いが、結果を大きく変えてしまう。

それは、生命そのものにも似ている。

生命は、
すべてを予測しきったうえで
動くことができない。

だからこそ、
不完全な予測や仮説を立て、
補完した世界像をもとに行動している。

当たるかどうかは分からない。
けれど、動かなければならない。


それでも、
テクノロジーによって、
できることは確実に増えてきた。

宇宙にロケットを飛ばし、
地球の外から地球を眺める。

素粒子の痕跡を捉え、
これまで想像でしかなかった世界を、
かすかに「観測可能なもの」として扱う。

宇宙から地球を見たからこそ、
見えたものがある。

遠くから眺めたからこそ、
はじめて分かったこともある。

かつて、天動説は常識だった。
地動説は、長い時間、受け入れられなかった。

けれど、
どちらが「正しいか」を決めること自体が、
人間にとって、絶対の目的だったわけではない。

それでも僕らは、
観測の精度を高めるために、
道具を作り、理論を磨き、
世界の見え方を更新してきた。

真実を暴くためというよりも、
世界と、よりうまく関係を結ぶために。


ここで、
少し立ち止まって考えたくなる。

観測しているのは、
本当に「主体としての人間」なのだろうか。

それとも、
人間という存在そのものが、
環境にチューニングされた、
ひとつの観測装置なのだろうか。

目や耳、神経、言語、数式、物語。
それらはすべて、
世界をそのまま写すものではない。

世界を、
人間にとって扱える形に変換する装置だ。

観測とは、
世界を理解することではないのかもしれない。

世界を、
生き延びられる解像度に落とし込むこと。
関われる形に整えること。

その結果として、
「現実」と呼ばれるものが立ち上がっている。

もしそうだとしたら。

僕らが見ている世界は、
世界そのものではなく、
観測装置としての人間を通過した世界だ。

そしてその装置は、
決して中立でも、万能でもない。

次に問いたくなるのは、
自然な流れだと思う。

その観測装置は、
どこまでを「自分」として含んでいるのだろうか。

この文章は『外縁』に置かれています。
外縁 —— Being Here

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Shingo Takenaka

Shingo Takenaka

しなやかな律を探る実践者|APLF主宰

北海道・苫小牧市に生まれ育つ。東京大学大学院を修了後、外資系テック企業で働きながら起業。 現在は、人・もの・自然をつなぐ活動を軸に、自己の律と他者との共生を探求しています。 APLFでは「自分らしく、しなやかに生きる」ための実践知を静かに発信し、日々の整えから人生の投資と回収まで、思考と行動を重ねながら日常の美しさを見つけ続けています。

  1. 0の側に触れた夜— 向きが変わっていたことについての記録

  2. 静かな呼吸としてのAPLF─ 強い言葉を使わない、という選択について

  3. 世界と距離を取るという、生き方 ─ ここにいながら、巻き込まれすぎない

このメディアをつくっている人

Shingo Takenaka

APLF主宰

しなやかに、自分の律で生きる
人と自然、もののめぐりを見つめながら
東大院|外資テック|起業10年

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去年の旭山で。

何をしているのかは、よく分からない。
でも、ずっと見ていられた。
.
七夕から、大晦日まで。

振り返ってみると、
できたことよりも、
形にならなかったものの方が
たしかに残っている気がします。

言葉にならなかった感覚、
途中で立ち止まった問い、
まだ名前のついていない違和感。

それらを急いで回収せず、
このまま年を越してみようと思います。

Photo by ruedi häberli on Unsplash
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光のゆらぎだけが、
静かに景色を整えていた。

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